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島流し(長文です)

時の流れが変だ。

相変わらずへなちょこなお母さんのわたし。

数年前、ぬんぬんとあゆ子のときも、こんな日記を書いた気がする。

 

もう2ヶ月もたったのに、いまだに毎日のように幸子宛の荷物が届く。

そして、心からありがたいと思う。犬なのに、何て幸せな奴だと思う。

幸子がいなくても枇杷はなり、

幸子がいなくてもブルーベリーも実をつける。

幸子がいなくてもビーバームが咲く。

でも、忘れな草。ああ。。これは幸子がいなくなったから蒔いた種だった。

私は、まだ、ほとんど涙もでない。

彼女がいなくなったことも、彼女と暮らしていたことも、何もかもが

よくわからないのだ。

 

幸子を荼毘にふすまでの2日間で、40人くらいの友人が会いに来てくれて

泣きながら幸子に話しかけて、お花を手向け、線香をあげてくれた。

私は葬式で騒いでしまう子供のように友人たちに会えることが嬉しくて、

妙にテンションが高かった。みんなそれが、とても不思議そうだった。

私が倒れこんですがり付いて泣きわめいていると思ったのに、と言った。

私は「ご期待にそえなくて。。。」と言った。

 

そして、儀式的にお葬式を済ませた。ちょっとだけ泣いた気がする。

でも、そのときも集ってくれた友達が神妙な顔をしているのに、

後で写真を見たら、友人たちに会えることが嬉しくて一人

満面の笑みの「KY」な私。

次の日からも、悲しみはやってこず、写真を見ても上手く思い出せない。

何故、玄関がお花のダンボールでいっぱいなのかもよくわからず。

でも、お花が大好きなので、大喜び。

 

これは、、、おかしい。

なんとか泣きたくて、幸子と毎日行った公園にいき、いつものコースを

歩いていたが、、、。なんと、、、魂が抜けたように浮いてしまった。。。

ソウルポーションロス(シャーマニズムの言葉)という現象らしい。。。

悲しみの魂を手放してしまった無感情症。

心がぶっ壊れないように自己防御するんだそうな。。。

(こういう事は、案外あることのようだ。)

 

でも、、こう来たか。なんだか、重症な感じだ。ヤバい感じだ。

 

幸子は確かにいたのだ。

うちで生まれて18年間も片時も離れずに私たちはいた。

私は幸子が死んでしまったら、ぶっ壊れて、ボロボロになって、しばらくは

手がつけられないほどになると思っていた。

いや、そうなりたかった。。。

 

でも、、、全く違った。

それはそれで、恐ろしく苦しい闇の中。

苦しくて仕方がない。

毎日線香をあげても、写真を見ても、お花を綺麗にお世話しても、、、

現実として、何一つ思い出せない。だから、、苦しくて苦しくて苦しい。

それでも、悲しくはないのだから、普通に生きてる自分。

大嫌いだ。自分。

何をやっているのかわからないままに、幸子のお骨の頭を撫でてみる。

一日のときの流れもおかしい。

何をしてるのかわからないまま友人に頂いた線香を片手に家の中を

一日中歩いたり。

気がふれてんのか???あたし。

 

悲しくなりたいのに。泣きたいのに。泣けたらいいのに。

 

そんな私を友人たちが心配してくれて、

「こんな生活じゃダメだ。まずは家じゅうを模様替えするぞ!!」

と、たったの一日であっという間に、まるで引越しをしたかのように、

8人がかりで大移動してくれました。

犬たちが病気になり、年をとってから、10年以上はリビングに布団を敷き

詰め、私もそこで介護をするという生活で、足の踏み場もない中での完全

に犬中心の日々だったことは間違いない。

友人たちのおかげでで、アトリエも倉庫も寝室も、ものの見事に生まれ

変わった。ベッドもマットも新品で、完璧なまでのステキな我が家。

だけど、今度は、ここがどこだかわからない。

ただただ、家の中をまた、花を持って歩く。


泣きたいのに。泣けたらいいのに。

家にいたら、悲しみとは違う意味で気がふれてしまいそうだった。

だから私は旅に出た。


八丈島に行ってきました。

何故か八丈島。縁もゆかりもない島。

友人たち、、、ビックリ!!!

何で八丈島??どしたの??一人で??何をしに???大丈夫????

「疲れも溜まってるし、湯治でもって思っただけ。大丈夫。」

そして、横になって船で行けるという理由だけで八丈島を選んだ。

「ふんふん、、米ぬか酵素風呂の湯治。なんだか気持ちが良さそうだし、

何にもない、誰もいないところに、そして、海が見えるところに行こう。」

私の行きつけの治療師さんのお薦めもあり、なんとなく決めた。

でも、とても私は甘かったのだ。

恐るべし米ぬか酵素風呂でした。

 

経済的な理由で私は「コテージ貸切、自炊、お風呂は一日2〜3回」という

プランを立てていただき、でっかいダンボールに2週間分の食料など詰め込

んで事前に送り、、、身一つで船で旅立った。

もう、ここからが大きな間違い。

特2等の船室は腰を曲げていないと座る事すらできず、10時間一睡も出来ず。

酔い止めを飲んだのに、まるで悲しい酔っ払い。

島に着いた時点でもう、すでに立てないくらいボロボロな私。

タクシーで生もの(野菜など)を調達し、そのまま宿へ。

そして、野菜を入れた冷蔵庫の「野菜室」は「冷凍庫」だったため。。。

レタスもキュウリもピーマンも、全てが凍った。

あーー。夢の八丈島。。。ドキドキするぜ。。。

(コテージから見える海。綺麗な景色。でも野菜は凍った。)

ショックを隠しつつ、その日から、米ぬか酵素風呂へ入れていただく。

巨大な米ぬか酵素で埋め尽くされた風呂場を深く掘っていただき、

その中に横になり、しっとりした米ぬか酵素をかけて埋めてもらう。

うううう〜〜〜〜!!熱い。重い。苦しいぞ。

まるで生き埋めだ。これは自力では脱出不可能。

15分と書いてあるが、10分くらいで事態を理解した。

「これを2週間、一日2〜3回??」

でも、これから自分に起こる本当の事はまだこの時点では気がついていない。

 

酵素風呂からコテージまではあかり一つない国立公園の敷地の中を30mほど

歩くだけ。

それなのに、割れそうな頭痛で、上手く歩けない。。。

次の日は、加えて吐き気。

次の日から全身に発疹。

次の日は全身がアザの様な斑。爬虫類のようだ。

そして、、、

その次の日。ついに、、、39度越えの発熱。

もう、、、ノックアウトだ。手も足も出ない。

時すでに遅し。もう、引き返すことはできない。

だから、進むしかない。

何をしてるんだ?私。何のために。どこにいるのか?私。

持ってきた本も読めない。ネットも出来ない。

だから、傘を杖にして、汗をだらだら流しつつ、浴衣を着て、国立公園の中を

一日三回、一人、歩くおばちゃん。

 

想像を越えた「好転反応」メンゲンとも言うけど良くなるための反応。

そんなのどうでもいい。とにかく辛い。意識が朦朧としている。

「私は、、、私は、、、八丈島で死ぬのかっ??」

とにかく汗を出しまくり、寝巻きに着替え、眠る。

お風呂。倒れて眠る。水分をとる。

お風呂。倒れて眠る。水分をとる。

水分はその辺に自生しているアシタバを煮出して飲む。

死ぬ。水分をとらないと死ぬ。。。本当に。。。死ぬ。。。

食事など作れるわけもなく、コテージの前のニラやアロエを採って生で

食べて眠る。

自炊コースなのに、宿の人がおじやや麦のスープを差し入れて下さった。

あーーー。いい人だ。優しい宿だ。ここでは死ねない。

 

サバイバルという言葉がよぎる。

 

持病の腰を労わりつつ、アシタバ包丁でを刈り取るおばちゃんの姿を想像して

欲しい。

笑ってくれ。

生きるって、生きるって、、、すごいんだ。


好転反応が出るとは書いてあったし、聞いていたし、想像もしてた。

でも、ドンだけ私は疲れてたんだい〜?べいべ〜〜??

そんだけ毒が溜まってたんだい〜〜?お〜いぇ〜〜ぃ!!

 

10日くらいは、一日20時間ほど眠っていた。

(大げさではなく、しかも本気で)

何年分の睡眠をとってるんだい〜〜〜?しかもここは八丈島らしい。

「ここは八丈島」という自作の演歌が高熱の頭にぐるぐると浮かんでくる。

クレイジーだ。

狂ってきたかもしれない。。。

あーーそして、、、ここは、どうやら八丈島らしい。


そんな悪夢のような10日を、かなり孤独に過ごし、

幸子といっしょに使っていた毛布を抱きしめ、

夢と現実を行き来するような日々が過ぎた。

 

そして、10日後。

 

いつしか、お肌がつるつるになり〜〜

スプーンネイルになっていた爪もあっという間にちゃんとした爪が生え〜〜

酵素に触れた部分の白髪も黒くなり〜〜

汗をかかない体質だったのに、何十年分もの汗をかき〜〜

少しのんびりして太りたかったのに、三キロも痩せたけど、、

ダイエットにはもってこいの汗の出方!!

毒が出た感満載。

ガンや筋ジストロフィーにまで効果ありという情報も、なんだかうなずける。

(ちなみに私の行ったコテージK2は、電気もガスも一切使わないので、

 ここまでのメンゲンがあるとのこと。エステの物とは訳が違うという事は

 付け加えておきたい。)

最後のほうには、やっと海にも。この、群青の海には絶句。綺麗だ。

行きたかった神社にも。

そして、宿の方とも仲良くしていただき、、なんだか第二の故郷チックな感じに。

(まあ、ほとんど八丈島にいるという実感はなかったにせよ。)

そして、帰りは大好きな飛行機で。

 

あーー八丈島よ、さようなら。

元気になって、また来るぜ。待ってろよ〜〜〜!!


東京に戻り、そうか。ここが我が家か。アトリエか。

狐につままれたような2週間。


桜の季節はとうに過ぎて、

島流しのような生活からも無事生還。

その間も、私なんていなくたって、とくとくと、時は勝手に流れていた。

スタッフがいてくれた我が家は、出発前よりもうんと綺麗だ。

幸子の四十九日も滞りなく済ませた。

幸子のネームカラーを自分のブレスレットにした。

すぐに作ろうと思っていた天使のポーチもやっとの事で作り。

お仏壇は華やかになった。

 

それでもまだ、、、、思い出せない。

だけど、だけど、

幸子の優しさは相変わらずだ。

八丈島で三回も夢に出てきてくれた。

三回とも彼女は

「生き返ったよ!」と言っていた。

そして、三回目の夢はあまりにも可愛らしく。

「ねえねえ。おかあさん、起きて。

 桃がね、幸子も桃が、、、食べたいの。」

んん??幸子も??モモ??と思って見ると、

なんと、、、ぬんぬんと幸子が並んで立っていて、

ぬん吉が両手に桃を持って、美味しそうに両方とも食べている。。。

「あのね、パパが、、、幸子の桃も食べちゃったの。

 幸子も食べたかったのに。」

全く相変わらず可愛いったらありゃしない!

幸子ってこんな声だったんだ。ものすごく可愛い声だった。

そして、パパも相変わらずだな。。。

あゆ子は、、、こういうときには出てくるはずもなく。

あきれ返っているに違いない。

よし。これからは仏壇には桃だな。

わかったよ。桃だな。


東京に戻り、少しの間友人宅に身をよせ、

6月になり、、、。仕事を再開して、やっと落ち着いている私。

こんなに長い間、仕事から離れたのは初めてだけど、お客様やスタッフにも

理解していただいて、へなちょこな飼い主はこれからきっと、

ゆっくりゆっくり、悲しみを感じることが出来るのでしょう。

今でも毎日、ローソクや、お花を届けていただき、、、。

私は優しい人々に囲まれて、少しずつ、涙を流す事が出来るのでしょう。

あーー。全くめんどくさい奴だ。自分。

 

今度は、本当に元気になって「ただいま!!」って、八丈島に行ってこよう。

コテージK2の皆さん、ステキな旅をありがとう。

 

この場を借りて、改めて、沢山の沢山のメールやお手紙、そしてお供えやお花。

本当にありがとうございました。心より感謝しています!!

そして、今日も、へなちょこは進む。これからもよろしく!!

かしこ                 おのめぐみ

 

お母さん、へなちょこだから、、よろちくね。

                 幸子より

 

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